先日、チェーンを交換した際、クランク側のギア、チェーンリングの分解と洗浄を試みた。クランク部分は、見た目にも後輪のスプロケットやディレイラー絡みの作りよりも遙かに単純に見える。それだけに分解も簡単だろうなんて思っていたが、あにはからんや、そうでもなかった。
後先も考えず、闇雲に5ミリの6角レンチでクランク側の一番大きいギアを外しに掛かった。結構ガッツリ締め付けられていて、かなりの力が必要だった。ギア、クランク、ペダルが一体となって回転を始めちゃうんで、それを押さえながら6角レンチで緩める。きっと何かコツがいるんだろうな、なんて思いながら緩めるのだ。クランクに5本のビスで緊結されているチェーン・リングは、それなりに強固に固定されているのだと理解し、この手のボルトは星形に緩めたり締め付けたりするのが常識で、その辺の常識を思い出して一汗かいたのだ。全部のピンが外れると、大中小の3枚のチェーンリングの内、中、大の二枚が外れたが、大きい方のみクランクとペダルの間から抜けてくれたが、中型は外れてくれず宙ぶらりんになった。本来ならば、先ずペダルを外すんだろうが、わたしはペダルを外すための専用工具(15ミリのレンチ)は持ち合わせていないので、そのまま付けっぱなしでやった。
6角レンチだけで外せると思っていたら、途中から裏側のナットが一緒に回り始め、っとここでペグスパナが必要なんだと気付き、持ち出して使ってみたが、なかなか上手くホールドできない。私のロード・バイクには3枚のチェーン・リングがついているために、ホールドすべきナットにきちんとペグスパナをセットしにくい。ペグスパナはもう少し改良の余地が在るようなー、の文句も言いたくなる。
分解・組み込みの為に必要な専用工具は後輪と同じように必要で、あらかじめ買ってあったので分解を始めたのだが、下手すれば途中でおっぽり出したくなる。クランク部分のチェーン・リング3枚を分解するのは、後輪のスプロケットより厄介なことが徐々に判ってくる。多分、慣れてくればそうでもないんだろう、なんて思いながら、左側のペダルが付いたままのクランクを外しにかかる。
先ず、芯部分のカバー・キャップを外すダラー・コインほどの大きさの専用工具が必要だ。左クランクを外す為に5ミリのアーレンキーでボルトを緩めておかないとキャップは外れない。それを知らない私は、最初にこのキャップを外すべく不毛なイライラを募らせた。メンテナンスを紹介する本をきちんと読んで始めればいいモノを、そうしない短気が原因しての間違いではある。このダラー・コインは、単体でも売ってるようだが、ブラケット外しの工具に付随している。ブラケットまで外すつもりはないが、後々の事を考えてこっちの方を買い求めてあった。大型のプライヤーまで持ち出して回したが回らないので、メンテナンス本をチェックしたところ、クランクのボルトを緩めない限り外れないことを知ったのだ。あまりのバカさ加減に自己嫌悪に陥った。で、手元のメンテナンス本にも言及がなく注意しなければいけないのが2個のワッシャーだ。このクランク周りにはプラスティックのワッシャーのようなものが2つあることだ。分解中に落としてなくなると厄介なモノだと思う。ここまで来ると、時間がなかったりすると、徐々にイライラが募ってくる。自分のバカさ加減に辟易しながら、ここで止めるわけにはいかない。メンテ本を読み直し、その指示に従って事を進めると左側のクランクが難なく外れ、右側のクランクも問題なく引き抜くことが出来た。あーやっとここまで来たって感じ。
クランク側の分解・解体は、単純ではないのだ。いや単純なのかも知れないが、思ってもみないような面倒が発生すると言うこと。ボルトやナットも思った以上の力を必要とする反面、チェーンリングのよう単体にすると簡単に曲がったり壊れてしまいそうで、ヤワに見える部品にダメージを与えないような気遣いが必要で、これが疲れるのだ。
分解したクランク側の3枚の歯車を洗浄液できれいにするのはさして面倒なこともなくきれいに出来る。終わったところで組み立てだ。分解したときと逆のプロセスで進めば難なく出来るが、ボルトを付けるときには、焼き付き防止とゆるみ止めのためにグリスが必要との記述があるのだが、手元にグリスがないので後日グリスを買い求めやり直すこととした。なんと、始めてな事もあって1時間ほど掛かってしまった。立ったりしゃがんだり、妙な格好で外れにくいボルトを外したり、締め付けたりで、神経も体力も消耗した。やっぱりショップにお願いして、作業中は外でタバコでも吸って待っていた方が、結果的には早いし、確実だし、余計な工具も買う必要もないので間違いなく安上がりでもある。
が、しかし、自分でやってみると自転車の設計者や職人としての作り手の考え方や工夫が良く判る。歯車の歯と歯の間に人智の工夫の跡が見えるのだ。多分、年一回の5,000㎞ 毎にしかやらないであろう、分解しての洗浄ではある。悪戦苦闘の末にきれいになった愛車を見て、作り手側と使っている側とのコミュニケーションが成立したような感じであり、何となく笑みが広がり、買ったばかりの新品とちがって、愛おしく感じちゃったりするのだ。油にまみれた黒々したスプロケットが光り輝き、歯車の消耗具合や単なる工業製品ではないアルミの地金を見ると「又やってみよう」なんて思っちゃうんですよ。
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